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Yasunori Sugahara

-「やすのり伝記」-


第十七回
妙子の日記 その2

 家庭の事情で、上京し、家族離ればなれになったが、それぞれの子供達がそれぞれにその時代を真剣に生きていた。僕は妹と共に両親に連れられて上京できたが、田舎に残された三人の兄や姉の気持ちは今になって胸に痛いほどよくわかる。けれども、そして家族が離散したからこそ、家族の大切さを深く知ることができた気がする。今でも、真剣に仕事に取り組みながらも家族の絆を大切に守ろうとする気持ちはこの時代に培われたのかもしれない。前回に引き続き、もう一日だけ二番目の姉、妙子の夏休みの日記をご紹介しよう。

 妙子は中学2年。夏休みにやっとの思いで両親の住む東京に出かけ、つかのまの幸せのひとときを過ごしたあと、また、田舎に帰らなければならなかった。その、わずかな母とのふれあいのひとときである。

8月8日

夜、母と二人で大森の街に、明日帰る私たちのおみやげ物を買いに行った。相変わらずの人出で美しいネオンが輝いている。街はまるで昼のように明るい。私は美しい赤塗りで、ナイロンのサンダルを買っていただいた。姉は靴下とハンカチである。しかし、母は自分の物はこちらに来てから一つも買っていない。服も一枚しか持っていないし下駄だって私と姉が母と別れるとき、おこずかいの全部を払って買ってあげたのを大切にまだ履いているのだ。「どうしても他へ行くのに服がないと困るのよ」と言いながら服屋さんで安い服を買おうとしたが「お金を忘れたから明日また来ましょう」とお店の人に言い「お母さんの物を買おうと思うけど、このお金で子供達の物を買えると考えたら、どうしても自分のものは買えないな」と言いながら真理ちゃんのパンツなどを買ってしまった。

私は尊い母の姿を見ると何とも言えぬありがたさのため、涙が出そうになってしまった。そして、おこずかいでおまんじゅうを買ってあげ、暗い通りに来てから食べながら歩いた。母がのどが渇くと言うので「お母さん。そう思った時に氷水でも飲まないとなかなか飲めないから飲んでおいでよ」と勧めた。私は胃腸が弱いので「腹こわすからいいよ」と言ってお母さんだけをお店に入れて、外で黙っている事にした。お母さんが私たちを産んでから、一人で食堂に入ったのを初めて見た。お母さんも初めてだそうだ。母の後ろ姿を暗い道から見ながら嬉しくてたまらなかった。

母は時々こちらを向いてにっこりと笑われ、何か食べなさいと手招きするが私は母が一人で一生に何回か食堂に入って氷水を飲んでいられるのを見るほうが楽しいので「いらない」と断った。

続く......

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