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コンプレックスというものは、確かに不思議なものだ。コンプレックスを持つと世界の風景までが変わってしまうのだ。それは、コンプレックスを持った人でなければわからないことだが.....。
誰でも一番コンプレックスに悩むのは、社会の中で自分の存在を認識しはじめる中学、高校時代だろう。それまでは、多少のコンプレックスも笑って過ごした人でも、そのコンプレックスを自分が一生抱えて生きていかなければならないのだと気づくとコンプレックスは、その人の心を深く支配しはじめる。
僕が中学校の時、真剣に悩んだコンプレックスは、「鼻」だった。今ならそれこそ笑い話だが、誰かにある日、「やっちゃんは立派な鼻をしているね。」と言われたのだ。悪いことにちょうどその時、僕は芥川龍之介の「鼻」という小説を読んでいた。そして、鼻が大きいということは、もっとも醜いことだと思いこんでしまっていた。
人と会っても、下を向いてなるべく自分の鼻を見せないようにして歩いた。鼻の小さい人がうらやましくてならなかった。とにかく、鼻の小さな人は、醜くない人。鼻の大きい人は醜い人。そう、思いこんでしまっていたのだ。
ところが、ある日、「鼻の立派な人は出世をする」「鼻の立派な人は男らしい」とむしろ、立派な鼻を褒め称える話を聞いたのだ。そう、鼻は大きくても小さくても、その人の個性なのだ。今になれば、僕のこの立派な鼻は(笑)決して、悪くはないと思う。
なんで、あんなに鼻に悩んだのか。思い出すと笑ってしまうけれど、たぶん今でもそんなことで悩んでいる人もたくさんいるのかもしれない。すべては個性。そう、背が高い人は高いなりに、背の低い人は背の低い人なりに、それぞれに素敵なのだ。太った人は太った人なりに、やせた人はやせた人なりに、それもそれぞれに素敵なのだ。
つまり、自分に自信を持って堂々と生きていく。そこに輝きが生まれてくるのだ。今、僕が僕らしく堂々と生きていけるのもあの鼻のコンプレックスのおかげだったかもしれない(笑)
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