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Yasunori Sugahara

-「やすのり伝記」-


第三回
踏みつぶされる!!


 動乱の中国大陸で、次々と困難に出会う菅原一家。そう、それが戦争。映画でも、わかるように本当にそうして命を落としていった人々が何万人、何十万人もいるのだ。昼間、ロシア兵士に頭を弾かれた兄は、幸運にも一命をとりとめた。だが、恐怖はそれでは終わらなかった。なんと、今度はロシア兵士達が一軒一軒、日本人の家を家宅捜索して歩くといううわさが飛び交ったのである。父は、軍人だった。家に武器や銃も潜んでいるはずだ。そんな菅原一家の家が家宅捜索されたら、全員皆殺しも覚悟しなければならない。その日も、中国人が我が家に飛び込んできた。「旦那さん!!大変です!ソ連兵がやってきます!いますぐ、逃げてください!」命からがらに叫ぶ中国人の必死の形相に父も母もこれは、ただごとではないと思った。前にも書いたが、終戦時は、中国人と日本人の関係が複雑だった。中国人を痛めつけていた日本人はその報復を受けた。一方、日常生活で、中国人にやさしくしていた一家は中国人が守ってくれたのだ。父と母は慌てた「今すぐ屋根づたいに逃げなければ間に合わない!!」母に叫ぶと「幸子!!妙子!!勇継!!律!!すぐ、集まれ!!」と怒鳴った。母と4人の幼子は父の元に集まった。そして、5人目の僕は、毛布にくるまれ母の腕の中にいた。この時の父と母の苦しみはどれほどだったろう。「お父さん、どうしましょう。」母は父にうったえた。父は、「しかたがない、やすのりだけは、毛布にくるんで置いていくしかない。」「それでは、やすのりが死んでしまうわ!」母は涙をためた。しかし、この状態で屋根づたいに全員を連れて逃げのびることは不可能である。父と共に死を覚悟してこの地に残った母にとって、生まれたばかりの我が子を残していくつらさはどれほどだったことでしょう。とにかく、一刻も猶予は許されません。ソ連兵はすぐそこです。父と母は子供を二人づつ両脇に抱え、屋根づたいに脱出したのです。

 そして、どれだけの時がたった事でしょう。ソ連兵の家宅捜索は終わり、部屋はまるで洪水のあとのように散乱していました。部屋の片隅の毛布の中には生まれたばかりのやすのりがいたのです。「い、生きてる!!やすのりが生きてる!!」奇跡のようなその姿に父も母も涙があふれました。生きていたのです。これだけ、荒らされた部屋の片隅に小さな命が息づいていたのです。

続く......。

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