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太平洋大学の船はマルガリータ号と言った。あとで、聞いた話だが、ギリシャ船籍で、その以前は軍人を運搬する船だったという。そのためか、船室は狭く、まるで蚕棚のようである。この環境でアメリカまでの船旅をすると思うと絶望感に陥る若者達もたくさんいた。船酔いに加えてどこに逃げてもそこには他人がいる。そのストレスは想像を絶するものがあった。憧れのアメリカへの旅を夢見ていたものにとってはそのギャップはあまりにも大きかった。もし、この環境から逃げ出すとすれば、海に飛び込みしかない。800人という限られた人間。そして積み込んだ限られた食料。まさにそれは、限定社会だった。
その時、僕の脳裏にはある閃きが走った。この閉塞状態は、まさに地球そのものを象徴していた。限りない宇宙を旅する地球。それは、宇宙船でもある。もはや、人類はこの地球から逃れることができないことを知らなければならない。限られた食料。限られた土地。そのなかでどう共存していくか、もし、争いあい奪い合いを続ければ、それはすべてが傷つくことに他ならない。もう、宇宙船地球号の中では、共存を考えなければいけない時代に入っているのである。
今でこそ、宇宙船地球号の発想はあたりまえだが、その当時は誰一人としてそうした考えをする人はいなかった。僕がマルガリータ号の存在を通して地球のありかたに閃くことができたのは、まさに幸運としかいいようがない。違いを乗り越え、共存するためには、お互いが理解をしあい、信頼しあわなければならない。ある意味では、それが僕の平和理論の原点になったのかもしれない。
限られた食料を有効に分け合って幸せに生きていく。それぞれの人生(歴史)を乗り越えて共存して生きていく。今、マルガリータ号に乗船した僕たちに突きつけられた問いかけはまさにそのものだった。しかし、現実は逆だった。船酔いの若者達は荒れ始め、次々に苦情を口にし始めた。船上にはさまざまな対立が起こり始めていた。特にもうすでにその当時の若者でさえ、豊かな環境のなかで与えられることに慣れすぎ、自分が自らの力で何かを作り上げていくという気持ちを忘れかけていた。「さぁ、すがはらやすのり、君なら今、どうする?」僕は、立ち上がることにした。これから一ヶ月以上にわたるこの宇宙船地球号マルガリータを救うためにも.....。
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