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Yasunori Sugahara

-「やすのり伝記」-


第四十九回
暗闇のフラッシュ

 「暗闇のフラッシュ」。劇のタイトルはそう決まりました。当時のアメリカは、表面上は民主主義の国でしたが、まだまだ人種差別が激しく、「犬は乗れても黒人は乗せない」というバスがまかり通っているほどでした。今、思うと不思議な時代です。人種差別反対に立ち上がったキング牧師が暗殺されたり、とにかく闇の部分のある時代でした。白人社会の虚飾の繁栄に「暗闇のフラッシュ」をぶち込む。かなり社会派のドラマになりました。若い時代というのは、そのぐらいの問題意識があって今でもいいと思っています。荻昌弘総監督のもと、僕も必死に脚本と台本を書き上げました。そして、いよいよキャスト(出演者)の選択です。船上オーディションをすることにしました。

 主役の黒人青年。その恋人、恋人の父親の有名ジャーナリスト、そしてその妻。メイド.....。次々登場人物に対してのオーディションが船内劇場で繰り広げられていきました。もちろん、荻昌弘さんと僕は審査員です。驚いたことに次から次へと応募者が殺到し、本格的なオーディションになってしまったのです。主役の黒人青年にはハンサムでかっこいい慶応大学の松永君が選ばれました。(余談ですが、下船して20年くらいしてから突然、彼から電話があり、「僕の幼稚園でコンサートをしてほしい」と依頼されたので驚きました。あの主役の黒人青年が20年後には世田谷区の幼稚園の園長さんになっていたのです。)恋人役もその父親役もこちらが驚くほど演技力があり、すっかり舞い上がってしまいました。これで創作劇「暗闇のフラッシュ」の大成功は間違いありません。僕は荻昌弘さんと改めて台本の手直しをしました。さぁ、いよいよ帰路のハワイ上陸です。この短い上陸時間の間に舞台衣装や舞台メイクを買いそろえなければなりません。ハワイのホノルルで衣装用に色つきのシーツをたっぷり買い込んだり、とにかく最低料金で最高の舞台美術を.....。と欲張りです。上演日たくさんの人がボランティア協力してくれて舞台はまるで俳優座か文学座かと勘違いするほど見事な結末となりました。

 どんな状況の中でも目的を持ってやり抜けば必ず最高の仕事ができる!衣装もメイクもない出演者もいない。そんなゼロからのスタートだった「暗闇のフラッシュ」上演は僕に大きな希望と勇気を与えてくれました。

続く......

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