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Yasunori Sugahara

-「やすのり伝記」-


第九回


 僕は、川が大好きだ。そして海も。思えば、ブラジルのアマゾン川でも泳いだし、エジプトのナイル川でも泳いだ。そんな大河で泳いでいると時の流れを忘れて、自分自身が大地の一部に溶け込んでいくようだ。そもそも、ブラジルのアマゾン川に飛び込んだときも、現地の人達はピラニアを恐れぬ不敵なやつ。と僕を恐れたし、ナイル川もかなり危険な流域だった。どうして僕がそんな危険をおかしてまで、大河に飛び込むかというと、これがやっぱり水戸での幼い頃の思い出につながる。

 引揚者である我が家は、本当に貧しかった。それはしかたのないことだ。あれだけ、旧満州では栄えていた一家も六人も兄弟がいたのでは、苦しい。生きるだけで精一杯。そんな日々だった。僕の幼い頃の父の思い出は、お風呂と川である。水戸は泳ぎの名手の土地だった。剣と水泳。それが、武士のたしなみであった。僕は2、3歳の頃、父と近くの那珂川に出かけた。手こぎボートに乗りこむと、そこから僕は川に投げ込まれた。泣くこともなく、幼い僕は必死にボートのあとを追って泳いだ。死にものぐるいである。もちろん、足など立つわけはない。だから、今でも川でも海でも足が立とうが立つまいが、平気で泳ぎ続けることができる男になったのだ。これは本当に助かった。

 恐れをしらないということは、危険である変わりにたくさんの体験をもたらしてくれる。どんなに、川に投げ込まれようと必死に泳ぎ続ければ生きのびることができる。絶対にあきらめない。ボートにたどり着くまでは。あの時の幼い自分の気持ちが今でも蘇ってくる。ボートにたどり着かなければ溺れ死ぬ。人生も同じだ。今でもやり遂げるまであきらめないのは、川の恩恵だ。

 ボートにたどり着いたあと、大きな父の背中にしがみついて沖合を泳ぎ続けた。あの父の背中のなんと大きかったこと。そういえば、その背中には戦争で受けた三発の銃弾のあとがあったっけ。

続く......

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