「聖徳太子はだれ? 」
聖徳太子といえば、ある年齢以上の人たちは「一万円札」と答えるほど、日本人と聖徳太子の関係は深いものがあります。どんな人でも旧一万円札で一度は聖徳太子の肖像画を見た事があるでしょう。今から千四百年以上前、そう、大化の改新よりもっと昔の偉人です。和をもって尊しとす。この言葉でも有名です。昔日本のことを「大和」と言っていましたが、まさに聖徳太子は日本人の心の原点と言われています。
僕の本名の保徳(やすのり)は「徳を保つ」という意味があるせいか、子供の頃から「やっちゃん(僕の愛称)は聖徳太子みたいだね」と、言われていたのでなんだか他人事には思えない人物の一人です。
先日の『万里の長城コンサート』のあと、中国・大連に移動して大きなディナーショーに出演しましたが、作家の堺屋 太一さんとご一緒し、ショー終了後、食事をしたのですが、そのとき、堺屋さんが今度聖徳太子をテーマにテレビドラマを制作する話をされていました。堺屋さんといえば、経済企画庁長官として有名ですが、古くは「団塊の世代」でベストセラーを出し、最近では日本経済新聞に連載した「チンギスハン」がベストセラーになっています。堺屋さんが語る聖徳太子像は魅力溢れる素晴らしい偉人でした。一日も早く、そのドラマを見てみたいとおもいました。
ところで、聖徳太子について僕は素朴な疑問を持ち続けています。それは、ずっと昔に韓国を訪ねた時のことです。歴史博物館に朝鮮の歴史を物語る様々な展示物がありました。それこそ高句麗、百済、新羅の三国時代には聖徳太子の時代、日本との交流が盛んで沢山の展示物がありました。そうした展示物の中で「聖徳大王」という名前を発見したのです。
「え?聖徳大王?!聖徳太子より偉い人なのかな?」
と僕は驚いてしまいました。よく読んでみると、当時、歴史上の立派な王様のことを、後世の人たちが「聖徳大王」と呼んだそうです。だから聖徳太子という名前も後世の人たちが、「立派な太子」という意味で付けた称号で、決して本当の名前ではないのです。調べてみると聖徳太子の本名は厩戸(うまやと)、別名、豊聡耳(とよさとみみ)と書かれています。当時、中国にキリスト教が渡り、京教と呼ばれていましたが、キリスト伝説をもとに、尊い人は厩戸(うまやと)で生まれる。と言われていたのです。そこで、後世のひとが聖徳太子をあがめて、厩戸の皇子と名付けたのです。また、聖徳太子は多くの人々の話すことばを、一度に理解したと言われていますが、それが「豊聡耳(とよさとみみ)の皇子」と後世の人に名付けられた理由です。
こうして考え見ると不思議な事に聖徳太子の本当の名前はどこにも見当たらないことに気がつきます。もちろん聖徳太子の伝説には色々な生い立ちが書かれていますが、これもすべて後世の人が書き記したもので、必ずしも事実とは限りません。名前すら分からない人、聖徳太子。これほどまでに日本人の心の原点として存在しながら、この事実はとても不思議なことです。
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