人生エッセイ

「感謝の心」

 団塊の世代がいよいよ大量に高齢化時代を迎えています。その一人一人にとってこれからの人生をどう生きていくか?が問われています。以前、知り合いの大学教授夫妻がこんな話をしてくれました。「私達はこれまで仕事も私生活も他人様に決して迷惑がかからないように注意して生きてきました。子供達にも、他人様に迷惑をかけないようにと最大限の努力をして育ててきました。老後は子供達に迷惑をかけない為にも、どこかの老人施設に入ろうと思っています。」

 他人様に迷惑をかけない。とても大切な事だと思います。けれども、僕はこの教授とは少し違う人生観を持っていることに気がつきました。他人様に迷惑をかけないという事は大切な事だけれど、本当に自分が生きている中で、他人に一切、迷惑をかけていないと言えるでしょうか? 僕は人間が生きているということは、自分が気がつかないところでも、他の人に知らず知らずに迷惑をかけたり、世話を受けたりしていると思います。小学生の頃、僕はとても悩んだことがあります。それは、秋の事でした。学校に行く道で、知らぬ間に小さな虫を踏みつぶして歩いていることに気がついたのです。その頃、まだ通学路は土でした。落ち葉の下に小さな虫たちが生きていたのです。「歩いているだけでも知らないうちに小さな命を奪っているのかもしれない」小学生の僕は、小さな胸を痛めました。どうしたら無意識にでも小さな命を奪わないで歩いていくことが出来るだろうか?真剣に考えました。

 最近、小学生の頃のそんな思い出がよみがえってきます。「人は気がつかない間にだれかに迷惑をかけていることがある。」あらためてそんな思いがしています。「他人に迷惑はかけない」「他人のお世話にはならない」そう考えることは間違っているとは思いませんが、むしろ自分が生きているだけでも他人に迷惑をかけているかもしれない。見えないところで誰かのお世話になっているかもしれない。それに気がつく事の方が大切な気がしています。そして、お世話にならないという強がりよりも、いろいろお世話になって有難うございます。という心を大切にした方が、幸せになれるような気がします。
  「老後を迎えて嫁の世話にだけはならない」とか「他人の世話にだけはならない」という考えは、寂しい気がします。団塊の世代が大量に老後を迎えます。お互いに少しの迷惑をかけながらも夫婦や家族、地域がふれあいながら「ありがとう」の感謝の心を持ち、助け合って生きていく社会になったら幸せだと思います。



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