「父の教え〜その1」
僕の父は、旧満州からの引揚者です。昔は軍人でした。そんな父が幼い頃から僕に言っていた言葉があります。
「やすのり、お父さんはな、人生のほとんどを軍人として、戦争の中で暮らしてきたけれど、今、戦争が終わってこうして穏やかに生活している事がどれほど幸せな事か…おまえには分かるかい?」
もちろん、幼い僕にはそんな事は分かる訳がありません。すべての財産を没収され、満州から一文なしで引き揚げてきて、こうして水戸の片田舎のあばら家に生活している自分が幸せだなんて分かるはずがありません。お風呂だって隙間だらけだし、寒い風が吹き込んできます。立派な家の子供達をみるたびに、悲しくなりました。でも、父はそれでも幸せだと言うのです。ある日、父が僕にこんな文章を書いてみせてくれました。
幸せは どこにもないぞ
親子して どうやら暮らせる
ここに あるぞよ
その時、僕は本当の意味はよくわからなかったけれど、なんだか心がほっとして、温かくなるような気がしました。「親子してどうやら暮らせる。」この言葉が、なんだか好きになりました。その父も、数十年前に他界してこの世にはいませんが、あの日の父の言葉がこのごろとても胸に染みるのです。
最近の日本は、高度成長は昔の夢、収入の減少や、物価高による生活の圧迫は日に日に強まっています。格差社会の問題も深刻です。どの家庭もきっとそんな苦しみにまき込まれているとおもいます。
いったい幸せは、どこにあるのでしょうか?
一昨日、タクシーに乗った時、タクシーの運転手さんが悲しそうに話し始めました。「近頃お客さんが少なくなったのにタクシーの規制緩和で、タクシーが増え、収入が激減してしまいました。値上げがまたそれに追い打ちをかけて益々苦しくなっています。今、我が家ではそのために夫婦の仲も冷えきり、親子関係も厳しい毎日です。私の収入が少ないばかりに申し訳ない気持ちでいっぱいです。」
そう話すと、寂しそうにうつむきました。「お客さんは、はつらつとしていて御元気ですね。お客さんと話しているとタクシーを運転している私まで元気になってきます。どうしてお客さんはそんなにはつらつとしているのですか?」と尋ねてきました。僕は、あの日の父の言葉を思い出し、タクシーの運転手さんに伝えました。運転手さんは、目を閉じてじっとその言葉に耳を傾けているようでした。タクシーが家に到着して料金を支払おうとした時、運転手さんが思いあまったように僕に声をかけてきました。「お客さん、さっきのあの言葉をこの紙に書いてくれませんか?家に帰って家族でみんなでもう一度読んでみたいのです。」僕は渡された一枚のざら紙に鉛筆で書きました。
「 幸せはどこにもないぞ 親子してどうやら暮らせる ここにあるぞよ 」
運転手さんは、じっとその文字を見つめています。そして、僕の後ろ姿に両手を合わせて祈るような仕草をしました。きっと運転手さんにとって、この言葉が大きな励みになったのでしょう。どんなにお金持ちでも必ずしも幸せとは限りません。僕も運転手さんの家族が仲良く幸せな日々を送れる様に祈りました。「親子してどうやら暮らせる」確かにそれが一番幸せかもしれませんね。この年になって、あらためてほんの少しあの時の父の気持ちが分かるような気がします。
お父さんありがとう。 |