人生エッセイ

「筑紫哲也さんを悼んで」

 2002年5月21日(火)早稲田大学大隈講堂にて

 先日の佐伯亮先生の訃報に続いて、また悲しいニュースが届きました。早稲田の先輩でもあり、僕の音楽活動を深く理解して、永年心から応援して下さった筑紫哲也さんがやはりガンで他界されました。筑紫さんといえば、日本のジャーナリストの良心として多くの人々にマスメディアを通じて、様々なメッセージを届け続け、社会にも大きな影響力を持ち続けて来た一人です。筑紫さんとの出会いは、もう30年以上も前、僕がまだ20代の頃でした。それ以来、色々なところでご一緒する機会がありましたが、とくに2002年、早稲田大学創立125周年記念に大隈講堂で「早稲田ヒューマンコンサート」で、「野口雨情生誕120周年記念」の舞台を開催した時には、スペシャルゲストとして出演して下さり、早稲田について、雨情について、そして現代日本についてとても意義深い対話をしてくれました。そのとき、筑紫さんが目を輝かせて「恥ずかしい話だけど、僕は滝廉太郎の子孫なんですよ。だから、その血のせいか、歌は得意ではないけれど、大好きなんです。すがはらさんの声で荒城の月が聞けたら最高だなぁ。」と言ってくれました。その後、青山円形劇場でのコンサートにはNEWS23の本番直前にもかかわらず、コンサートに来場して下さり、荒城の月や戦友、よいとまけの歌など、日本の歴史を綴る名曲の数々に目を潤ませてくれました。

さらに、平和への祈りを込めて「祈り」のアルバムを制作した時には、わざわざメッセージまで届けてくれました。

『すがはらやすのりさんは、世界・社会への関心が強く、それへの訴えを「うた」を通してやってきた人だが、このアルバムの主題は、単に反戦や平和といったものだけにとどまらず「人間として一番大切な命」への祈りだと思う。およそこの世に生を持つものすべてを大切に思い、愛おしく思い、そして讃えようと思うことの視野の果てに、それを阻むものが見えてくる。この風雪に耐えてきた「祈り」が、すがはらの歌声によりどこまでも届くように曲が選び抜かれ、しかも虚飾を取り去って、静かな祈りの力を込めて歌われている。この世にどんなに素晴らしい「いのちのうた」があるか、それを蘇らせる事で、9・11(ニューヨークテロ)以降の世界に対しても、真剣に歌い続けているアーティストの姿がここにある。』

今、思えば僕の歌を、こんなに大きな社会的な存在としてとらえ、応援してくれていたのかと改めて胸が痛くなります。今日のラジオ日本「すがはらやすのり名曲!生スタジオ」では、筑紫さんへのありったけの感謝の心を込めて、あの「荒城の月」を歌わせて頂きました。聞いて頂けましたでしょうか?なんだか僕には筑紫さんが目を細めてじっくり聞いてくれていたような気がしました。(2008.11.10)



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