第十二回「上京」

 水戸市城東小学校に入学した年の6月、僕が授業を受けていると突然、父が教室に入ってきた。「やすのり、これから東京へ行く」僕は、なにがなんだかわからないまま、かばんに荷物を詰めて家に戻った。「さぁ、これからやすのりも東京で生活するんだ。」僕は、本当になにがなんだかわからなかった。頭の中がグルグルと回転した。誰にも、さよならも告げてないし、近所のおばさん達だって寂しがるし、どうしていいのかわからなかった。今にして思えば、6人子供を抱えての火事と水害、そして、大借金。子供の僕にはわからない大事態だったのだろう。慌ただしく荷物をまとめると、僕と妹は父に連れられて駅に向かった。「お父さん、駄菓子屋のおばちゃんに僕、あいさつしてくる」そう言うと、僕は、駄菓子屋の小山さんのおばちゃんのお店に飛び込んで行った。「おばちゃん、ごめんね。僕、東京に行くことになっちゃったんだ。さよならおばちゃん。」僕は、次から次へと涙がこぼれてきた。おばちゃんは、すべてわかったようにうなづくと、僕に500円を手渡してくれた。「やっちゃん。元気でいるんだよ。また遊びにおいでよ。」

 駅にたどりつくと、たくさんの人がいた。兄や姉がいないので、僕は父に聞いた「妙ちゃんや幸子姉さん達は、どうするの?」すると、父は、静かに答えた。「寂しいだろうけど、幸子と妙子と勇継の三人は水戸に残っておばさんのところに預けることになったんだ。いつか、必ず3人も東京に呼べる日が来るからがまんするんだよ。律とやすのりと、真理子は東京だ。」

 「え?幸子姉さんや妙ちゃんはいっしょに行かないの?」僕は声にならない涙がこぼれてきた。水戸駅を蒸気機関車で上野に向かった。ガタンガタンという列車の音を聞いていると、涙がこぼれてくる。連結部に行って地面を見てみた。地面が流れるように飛び去っていく。なんだか、時代がうねるように変わっていくのを子供心に感じていた。


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