第三回「トラドの町にて」

 タイの暑さは日本の夏とは比較になりません。車の中はますますむせ返りはじめ、ゆうたの額の汗は溢れるほどです。息づかいが荒く、肩で呼吸をするゆうた。「もしかしたら、やはり2歳の少年にはカンボジアは無理だったのかもしれない」ふと、不安が心をよぎります。「いや、肉親を失ったカンボジアの子供達もジャングルの中で必死に生き抜いている。ゆうたにだってこの苦しみを乗り越える力があるはず!」

 その日の夕方まで、熱帯のジャングルを走り続け、トラドという町に到着しました。この町はバンコクとは違い、不思議な南アジアのエスニックな風情が流れています。ホテルは、シャワーもなく、少し無気味な気もしましたが、とにかくゆっくり休めるだけでもありがたい事です。

 タオルで汗だらけのゆうたを拭いてベッドに少し寝かせると見違えるように元気に立ち上がってきました。「やったぜ。ゆうた」大丈夫。

 夜、ホテルの前の広場にゆうたをつれて出かけました。
甘いお菓子や、南国の果物、バーベキュー等の匂いが生暖かい風に誘われてふと、なつかしい気がしました。ゆうたも出店の色とりどりの飾りに夢中です。屋台でタイ風ラーメンを食べると、ゆうたはものすごい食欲、元気バリバリです。
明日の難民キャンプ行きはきっと、大成功するでしょう。

 翌朝、再びワゴン車に乗り込み、さらにジャングル奥地にあるカオラーンキャンプに向かいました。カオラーンキャンプはタイ国の王室が設立した孤児だけのキャンプで2000名を越す12才以下の子供達がジャングルの中に生活していました。肉親を失ったというだけでも悲劇ですが、この子供達はさらに自分の国や家までをも失い、見知らぬ国の難民キャンプで明日を待っているのです。そんな子供達が私達の歌や、ゆうたをどう受け止める事でしょう。また、ゆうたの目に生まれてはじめて見る難民キャンプや、そこに生きる子供達がどう映る事でしょう。

 前方の茂みのむこうに難民キャンプの巨大なわらぶき屋根が姿をあらわしてきました。

 


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