第四回「カオラン難民キャンプに響く歌声」

 ワゴン車から降りて、巨大なわらぶき屋根の家に近付くと、そこには数えきれないほどの幼い子供達の姿がありました。こんなにたくさんの子供達が国を追われ、村を追われ、父や母を探しながらここにいる!きっと、ほとんどの子供の親達はすでにジャングルで命を落としてしまっているはず......わたしは改めて戦争の悲惨さを感じました。一体この子供達にどんな罪があるというのだろうか、小学生にもなっていないような幼い兄弟がしっかりと手を握りあってじっとこちらを見ている瞳に胸が痛くなりました。わたしと妻の明子とゆうたが、子供達に紹介されるとみんな不思議そうにこちらを見ています。ゆうたも初めて見る難民キャンプの子供達に少し戸惑っている様子でしたが、しっかりと私達の足下に立って何かを感じているようでした。ワゴン車から次々に運び出されてくる楽器を見つけて難民キャンプの子供達の目が輝きはじめました。「みんな音楽は好き?」とわたしが怒鳴ると子供達が大歓声を上げました。「ウォー!」とジャングル中に響き渡るような力強い叫びです。あなだらけの洋服に痩せ細った腕、けれども楽器を見つめる子供達の目は真剣です。

 わたしは、楽器の中から打楽器のコンボを取り出して「誰か叩ける人はいますか?」と優しくたずねました。すると、10才くらいの男の子が恥ずかしそうに手を上げてコンボの前に立ちました。恐る恐るたたき出したそのコンボの音色のなんとかろやかな事か。それまでのざわめきが、男の子のコンボのリズムとともにいつの間にか心地よい手拍子に変わっていきます。そしてやがて、子供達の大合唱へと広がっていきます。私はなんだか、まるで映画のワンシーンの中にいるような不思議な気持ちになってきました。私と明子とゆうたは、プレゼントのタンブリンやカスタネットやハーモニカをひとりひとりの子供達に手渡しで、配って歩きました。驚いた事にどんな小さな子供でさえももらう時に両手を合わせちょこんとおじぎをして「ありがとう」と言ってから楽器を受け取るのです。楽器を受け取った子供はまるで宝物のようにそれを眺め、それからうれしそうに打ち鳴らし始めます。その音が楽器が増える度に力強さを増していきます。音楽はすばらしい!歌はすばらしい!どんな薬でもかなわない無限の力を持っている。私は子供達に日本語を教えてあげる事にしました。「私達の国日本には、四季があります。春、夏、秋、冬です。さぁ!春」そう叫ぶと子供達も一斉にかわいらしい声で「haru!」と叫びます。

「夏!」......「nastu!」
「秋!」......「aki!」
「冬!」......「huyu!」

 カンボジアには四季はありません。常夏の国でホット(暑い)ホッター(もっと暑い)ホッテスト(もっとも暑い)の季節しかないという通訳の話に季節すら、国によって違う事にほんの少し驚きました。わたしが、「それでは日本の歌、四季の歌を歌います」と言うと子供達から大歓声と拍手が沸き起こりました。イントロが流れはじめると今渡したばかりの楽器がうれしそうに打ならされ、難民キャンプの子供達も一緒に演奏を始めました。「春を愛する人は、心清き人、すみれの花のような僕の友達....」ふと足下を見ると、2歳のゆうたもいつの間にか、仁王立ちして四季の歌を大声で歌っています。もちろん、ゆうたにこの歌を教えた覚えはありません。きっと、あの渋谷ハチ公前での苦しいキャラバンコンサートの時に連日、ベビーカーで聞いていつの間にか覚えてしまっていたのでしょう。親の背中を見て子は育つ。と言われますが、難民の子供達の前で、堂々と歌い続けるゆうたの姿に21世紀への願いを感じました。
コンサートが終わって別れを告げる時の子供達の顔はいつまでも忘れる事はできません。この子達は国や親を失ったけれどもこれからは、自分達の力でどんな困難をも乗り越えて行かなければなりません。戦争の憎しみを乗り越えるために今日のこの出会いがどれだけの勇気になった事でしょうか。いつまでもいつまでも、ジャングルに響き渡るあの楽器の音を聞きながらワゴン車は難民キャンプを離れました。

 


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