第八回「家が見つかった」

 ある日、明子が息を切って駆け込んできました。「おもしろい物件が見つかったの。環七の裏道を歩いていたら、今にも潰れそうな不動産屋におばさんが座っていたの。なんとなく、中に入ってみると不思議な物件。なにしろ、家賃、敷金、礼金なし。ただ電気光熱費として、一ヶ月5千円払えばいいって言うの。そんなのありかしら?」「え?敷金・礼金なし?家賃がタダ?何それ?」早速、二人で現地に飛びました。そこは、環七の沢田交差点の近くの町工場街です。とても、子育てをする環境じゃありません。細い路地の突き当たりにその工場はありました。自動車のメッキ工場の従業員飯場の二階建てです。工場のおじさんに2階に案内してもらい、破れた畳が敷き詰められた二十畳くらいの大広間。もう何年も人が住んだ気配はなく、歩くとホコリがたちのぼります。「何人か見に来ましたが、みんな逃げてしまいました。実はこの町工場はいずれ、東京湾の埋め立て地に移転しなければならないのです。その時、ここに誰かが住んでいると移転条件が有利になるのです。だから、タダなんですけれど。」おじさんは、私達にも半分諦めた口調で説明をしました。

 私は隣で話を聞いている明子の顔を見ました。負けていません。やる気がありそうです。もちろん、私はやる気満々でしたが、やはりそれは家族。明子がついて来なければそれは難しい問題です。二人は「よし」というように目配せをしました。この日から一週間、二人は町工場に乗り込み全額で2万円という予算で20畳の幽霊屋敷と大格闘。結果的には、この幽霊屋敷は見事な豪邸となり、各新聞や、雑誌のグラビアを飾ったのですから人生はおもしろいものです。その中でも朝日新聞では、1ページ全面に巨大な我が豪邸(?)が全国版で掲載されたのですから、驚きです。今では当たり前ですが、家具はすべて捨てられていた机やタンスにペンキを塗り変え、じゅうたんは一枚100円のマットをデザインじきし、台所のハンガーに至っては冷蔵庫の下敷きの木組みのリフォーム。なんてったって材料費は全部タダ。2万円のうちわけのほとんどはペンキ代。おかげで、近所の定食屋さんに毎日出かけていたら私達をてっきりペンキ職人と思ったそうです。ペンキだけの古着が誤解を呼んだようです。

 

 


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