第十七回「おじいちゃんがんばって2」

 カリフォルニアには、戦前日本から移民した人達がたくさん住んでいます。カリフォルニア到着と同時に僕達は移民の人達のお墓参りに行きました。アメリカで大成功した日系移民もいる反面、苦労の中で命を落としていった人達もたくさんいるそうです。お墓の前で、神妙に手を合わせているゆうたとそうた。きっと、お墓の中で喜んでくれている事でしょう。僕達一家は、カリフォルニアにある老人ホームを慰問してコンサートを開く事になりました。80歳、90歳のお年寄りがたくさんいるそうです。戦争中には敵国人として、悲惨な目にあい、収容所に入れられた人も少なくありません。特に身寄りを失ったお年寄り達にとっては帰りたくても日本に戻る事はもうできないのです。日本への思いを募らせながらこの世を去っていくのです。幼いゆうたとそうたに、その話をするとよくはわからないけれど、気持ちだけは伝わったようです。おじいちゃんやおばあちゃんのためにがんばる。と宿舎のホテルで一生懸命歌の練習をはじめました。

 まず、アメリカに長く住んでいるので誰でも知っている英語の歌「YOU ARE MY SUNSHIN」を英語で覚える事になりました。「ユーアーマイサンチャイン マイオンリーサンチャイン」ふたりとも聞き慣れない英語で必死に覚えようとがんばっています。いつのまにか、二人とも歌詞を全部英語で覚えて二人だけで、デュエットできるようになっていたのです。「ユーアーマイサンチャイン......」たしかに、耳で聞いても伝わってきます。次はアメリカで大ヒットした日本のポップス「上を向いて歩こう」です。こちらの曲は何回も各地で歌ったので、もはや、二人の得意のレパートリーの一曲になっているようです。リハーサルは夜遅くまで続きました。

 翌朝、カリフォルニアの空は抜けるような青空です。もともと、カリフォルニア州は砂漠地帯でしたが、スプリンクラーで水をまいて、果樹園や畑を作り広大な緑が広がっています。ちょうどテレビのコマーシャルで見るような道をしばらく行くと、木立の中にその老人ホームがありました。老人達はうれしそうに、私達一家を迎えてくれました。中央ホールには、舞台が作られています。会場を埋め尽くしたお年寄りの前で僕は、「赤とんぼ」や、「ゆうやけこやけ」等、幼い頃のなつかしい童謡を歌いました。お年寄り達は、小刻みに唇を動かし、必死にいっしょに歌おうとしています。昔、昔幼い頃の風景を思い浮かべているのでしょうか。今は亡き母や友を思っているのでしょうか。老人達の頬が涙で濡れています。もう2度と帰る事のできないふるさと......最後にゆうたとそうたが舞台に登っておじいちゃん、おばあちゃんに一生懸命歌を聞かせはじめると老人達の肩が大きく震え溢れる涙が止まらなくなりました。こんな小さな子供達がはるばる日本から来て自分達のために一生懸命歌を歌ってくれている。ゆうたとそうたは歌を歌いながら、折り鶴を一つづつお年寄りに手渡しました。お年寄り達はすがるように小さなゆうたとそうたの手を握りしめ、何かつぶやいています。国に残してきた子供達や孫を思い出しているのでしょう。それにしてもゆうたもそうたも立派に歌い終え割れるような感動の拍手が巻き起こりました。「おじいちゃん、おばあちゃんがんばって!長生きしてくだちゃい」小さなからだで二人ピョコンとおじぎをしています。僕もなんだかむねが熱くなって涙がこぼれました。あれから、10年以上たつのできっとあの時のお年寄りの姿はもうカリフォルニアの空の下にはもうないでしょう。けれどもきっとゆうたとそうたの心の中に永遠に生き続けると思います。


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