第二十九回「夢」

 昨日のテレビ出演の疲れのせいか、ゆうたも僕もぐっすりと熟睡してしまった。普通、僕のようなアーティストの海外公演の場合は、原則として一人部屋だが、今回は親子という事でゆうたと二人部屋だった。高校生の息子と親父。不思議な組み合わせだが、今思うといい時期に二人の時間がとれたと思う。いつのまにかあの小さい少年が、こうして中国まできてあの大舞台で堂々と唄うようになるまで成長した。朝食を二人で食べながら、感慨深かった。せっかく来たのだから、北京のデパートに行ってみよう。それにゆうたにも中国の一般の人々の生活ぶりを見せたかったので、ホテルから歩いて外に出た。

 すると、その途端大型トラックが大通りで急停車し、クラクションを鳴らして叫んだ。通訳の人に聞くと「昨日のテレビ見たぜ!最高!」と言っているという。それからが大変。タクシーも一般自動車も次々に止まって僕達親子をジロジロと見つめている。とにかく、昨夜は生放送。しかも、視聴率が78%。日本では考えられない事だ。やっとの思いでデパートにつくともう、売り場には大きな人垣ができていた。エスカレーターに乗る度にその輪が移動してなんだか、日本でも考えられないほどの大スターに一夜にしてなってしまったようである。北の黒龍省から、南の広東省まで中国全土での生放送だから、どんな騒ぎだったのだろうか。ゆうたは恥ずかしそうにしながらも、にわか大スターがほんのちょっとうれしそうに見えた。レストランに入ると、若いウェイトレス達がゆうたにサインをねだった。ゆうたも気楽にひらがなで「ゆうた」と書いてあげていた。帰りの飛行場では、税関の担当官までがゆうたに握手を求めて来たのには驚いた。

 僕は、ゆうたに言った。「これは夢なんだよ。ほんの一時の夢なんだよ。日本に帰ったらゆうたはまたもとの普通の高校生」ゆうたは、「知ってるよ。あたりまえじゃん」という表情であっさりしていた。夢にしてもこの夢はあまりにもおもしろい。本当の夢よりもっとおもしろい。帰国してからのゆうたは何ごともなかったように、また友達達との日々を大切にしていた。僕以外には、誰もあの夢の話を知らないという事がまた無性におもしろかった。ゆうたはほとんど誰にもその話をしなかったらしく、その夢は終わった。

 北京でゆうたと過ごした忘れられない思いでの一つに凍った川の上を歩いた経験がある。子供の頃、ロシアや中国等、寒い国の川が凍り、そのうえを子供達が歩いている姿を不思議に思った。ペキンの冬は寒い。僕の子供の頃の夢を実現させるために凍った川にでかけるというとゆうたもついてきてくれた。凍りついた大きな川のまんなかを二人で歩き続けたあの思いでは僕にとって生涯忘れられない思いでの一つだ。

前回の21世紀劇場の写真。
中国TV界史上初の大イベントのフィナーレ。左はじで手を振っているのがスペシャルゲストのすがはらやすのり。右の大勢のスターの中に中国で大人気の酒井法子の姿も。
21世紀劇場で「通学路」を熱唱する高校生のゆうた

 

 


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