第四十七回「ほんと、うそ」

 僕は、今のゆうたの年頃に忘れられない一言があります。その頃の僕は、早稲田大学で建築を研究していたのですが、やはり、歌も大好きでした。そして、建築に進もうか、歌に進もうかテレビ局に行こうか、けっこう迷っていた時期です。今、思えばまっすぐに来たような気もしますが、その頃は人生が無限に広く見えていて、一体自分がどの道を歩いていけばいいのか、手探りの時期でした。世の中も実際にどうなっているのか現実のところ、本当にはわからないし、自分のやりたい事だってそう簡単に実現できるのかもわかりません。第一、どうやったら自分の道につながるのかそれさえも見えないのです。そんな時、僕は偶然、一台のタクシーに乗りました。人生の出会いというものは不思議です。そのタクシーの運転手さんと話しているうちにいつの間にか、僕が将来、何をするかの話題になったのです。今でもその光景をよくおぼえています。僕は、若かったせいもあり、真剣に自分の将来について話しました。「僕は21世紀に向けて、本気で時代を作っていきたいのです。文明の進歩等で人間の心がすさんできたような気がします。環境を考える時、建築や都市計画を通じて人間らしい街作りをしていきたい。子供達のためにもお年寄りのためにも、人間性溢れる街を作りたい。それに僕は歌が好きです。できたら、世界をまわって世界の人達のために歌ってみたい......」もちろん、海外に出て歌う方法もわからない時です。話しているうちになんだか僕は自分が力もないのに、大袈裟な話を運転手さんにしているような感じがしてきて、ちょっと恥ずかしくなりました。すると、運転手さんは僕をバカにすることもなく、静かに耳を傾けてくれ、こんな事を言ったのです。「いい話だね。確かに夢のような話だ。だけど、君はまだ何もやっていない。もし、君がそれをやりぬけば、本当だし、やらなければ嘘という事になる。そう、つまり、人生なんてやり遂げてはじめて本当になるんだ。やる前は、誰でも本当か嘘かなんてわからないものさ。君も本当になるようにがんばってくれ。」なんでもない言葉だったけれど、僕にはかけがえのない言葉だった。やり遂げれば本当になる。この言葉が今でも僕を支えてくれている。夢を語る人は多いけど、夢を語る事とそれを本当にする事とは別。本気で、それを実現しようと思った時に、はじめて夢が現実になるものだ。

 昨日も、夜遅くまでゆうたは作曲活動に取り組んでいた。ちょうどあの頃の僕と同じ人生の季節。ゆうたもよく、僕に大きな音楽の夢を語ってくれる。ゆうたの人生が本当か嘘か.......それはまだはじまったばかりなのでなんとも言えないけれど、朝まで必死にがんばっているゆうたの姿を見ると本当の人生になるのではないかとふと思ったりする。いずれにせよ、時の流れの中で本当と嘘が見えてくるだろう。

 

 

 


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