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Yasunori Sugahara

-「やすのり伝記」-


第十一回
桃太郎


 僕が、通っていた幼稚園は、水戸市の城東にある城東小学校に併設された幼稚園でした。それも、すがはら家はそのまん前にあったので、道を横切ると、そのまま幼稚園になっていました。引き揚げ後、妹の真理子が生まれたので、我が家は6人兄弟にふくれました。今から思えば、滑稽な話ですが、その妹の真理子を僕が幼稚園に連れて行っていたのです。田舎の話なので、いわゆる真理子はおまけですが、幼稚園の先生が一緒に面倒を見てくれました。田舎はいいですね。それだけ、母は鶏や豚の面倒に追われていたのでしょう。さて、やすのり少年と言えば、これは本当に天才少年だったのです(笑)誰に習うともなく、絵はすらすら描く、歌は鈴を転がすような声で歌う。本当に不思議な少年でした。年少組の時、すでに年長組の楽劇会の踊りのために一番から三番まで一人で独唱をするのです。その時は、まだステレオもなかったので、僕の生歌でみんなが踊るのです。まるで、ドラマですね。今でも、おぼえていますが、題名は「舌切り雀」

「昔、昔ある里に情けの深い爺さんと、情けを知らぬ婆さんが二人ですまっておりました♪」

 三つ子の魂百までというけれど、今でも、メロディも歌詞も全部覚えているのですから、おもしろいものですね。僕が年長組になると、先生が突然来て、「やっちゃん、"あぁ!むこうに鬼ヶ島が見える"と言ってごらん?」と言うので、僕が大きな声で怒鳴ると、「やっぱり、桃太郎はやっちゃんだ。」とここでも僕が主役になってしまいました。あとで先生に聞いたら、舞台劇で僕が吉備団子を忘れて、慌てて舞台のそでに戻って大笑いになったとか.....。やっぱり、子供ですね。

 それから、幼稚園時代にやっぱり先生にどこかに連れられて行ってレコードを作ったおぼえがあります。松島トモコさん全盛の時代ですから、きっと「童謡歌手に」と思ったのかもしれませんね。それでも、SP板で僕の歌が流れてたから、やっぱりどこかでレコードになっていたのかもしれません。自慢ではありませんが、今の僕からは想像できない天使のような美しい歌声でしたよ。

続く......

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