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Yasunori Sugahara

-「やすのり伝記」-


第十三回
ごじゃっぺ

 はじめての東京。それは、幼い僕にとって夢の世界だった。電車が走り、むせかえるような人の波。大きな父の背中について僕は人混みの中を歩いた。たどりついた先は、大森。そう、この日から、東京大森の住人としての新しい生活がスタートしたのだ。

 編入した学校は、大田区立入新井第四小学校。茨城から突然、編入してきた小さな少年を東京の子供達は不思議そうに見つめた。とにかく、僕は自慢じゃないけれど、水戸ではちょっとした天才少年だった(笑)でも、ここは東京。ちょっと勝手が違う。

 さっそく、一日目に大喧嘩がはじまってしまった。あまりにも、東京の子供達が僕のまわりを取り囲んで、ゴチャゴチャ言うので、僕は思わず、「ごじゃっぺ言うな!!」と叫んでしまった。今なら笑い話だが、茨城弁というのは、相当なひどいなまり。東京の子供達からすれば、確かにバカにする対照になっていたのだ。今なら多分、いじめだろう。負けん気の強かった僕は、思わずそう叫んだのだった。

 「ごじゃっぺ!ごじゃっぺ!」みんなが騒ぎ出した。「ごじゃっぺなんていう言葉があるものか!!」東京の子供が僕に詰め寄った。「ある!!絶対ある!!」僕はやり返した。まさか、ごじゃっぺが茨城なまりとはこの小さな僕には気がつくはずがない。ごじゃっぺとは、つまり"ごじゃごじゃ" "めちゃくちゃ"という意味で、「でたらめなことを言うな!」と言ったつもりだった。みんなは、先生に言ってやろうということになり、僕は担任の小沢先生のところに連れて行かれた。

 小沢先生は中年女性だった。僕は真剣な、そして必死な気持ちで、しかも、すがるような思いで小沢先生に言った。「先生!ごじゃっぺってあるよね?」すると、小沢先生は、冷たい表情で「そんな言葉はありません、そんな汚い言葉を使ってはいけません」と吐き捨てるように僕に言いました。あの時は、本当に悲しかった。全員を敵にまわしてたった一人の先生に突き放されて......。

 初日の授業が終わり、家に帰っても悲しみは増すばかりだった。東京はなんて冷たいんだろう。

続く......

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