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Yasunori Sugahara

-「やすのり伝記」-


第十八回
壊れた卵

 こうして、姉の日記を見ていると、あのころが思い出されてくる。そういえば、夏休みに兄や姉に会えた時、どんなにうれしかったことか。ただ、家族が一緒にひとつ屋根の下で暮らせるということだけでも、実はとても幸せなことだったのだ。だから、どんな時代になっても家族は大切にしたいと思う。ところで、僕は上京してからいつも、小学校の放課後、お店を手伝う少年だった。あの頃は、たとえ小学生でも大切な労働力だったのだ。父は体力を生かして、茨城県水戸から、豚肉や卵をかついで大森までやってきた。その品物を店先で売るのが母の役目だ。

 母は、もともと教員。豚肉を切るのに最初は泣いたそうだ。何もわからない素人の母は、上肉も中肉も並肉もぜんぶ素人判断で細切れにして切り刻み、売ってしまったのだ。ところが、これが大変な反響だった。本物の職人さんなら、細かく丁寧に分けて売るから細切れは筋の肉ばかり。ところが、我が家の細切れには、上肉が入っている。

 さぁ、これは大変。この評判があたりをかけめぐり、お店を開く頃には長い黒山の行列ができてしまい、あっという間に売り切れてしまったのだ。「玉子屋の肉はおいしい。」という評判が広がり、いつの間にか、大森で一番の繁盛肉屋になってしまった。人生とは不思議なものだ。

 ところで、小学生の僕は卵を売る係。ある日、かごに盛られた卵をひとかご不注意で落としてしまった。かごの中には10コの卵が入っていた。一生懸命、手伝っていた僕だったが、悲しさのあまり、涙が思わずあふれてきてしまった。小さな少年が泣いている姿を見て、お客さん達がやさしくなぐさめてくれた。でも、僕にはそれがかえって悲しかった。「だいじょうぶよ。坊や。怒られないわよ」そう言ってやさしく肩をたたかれる度に心の中で「違うんだよ。」とつぶやいていた。「違うんだ。違うんだ。僕が悲しいのは、怒られるからじゃないんだ。せっかく、お父さんが苦しい思いをして、水戸から運んできた卵を壊してしまったことが悲しいんだ。卵は一個2円や3円の儲けしかない。僕は10個も卵を壊してしまった。お父さんが運んできたどれほど多くの卵の儲けをなくしてしまったんだろう」そう思うと、肩がふるえて涙がこぼれてきたのだ。だから、今でも、どんなに大きなお金であろうと数円の積み重ねでなりたっているという気持ちがなかなか抜けないのだ。大きなお金だけをいじっていると、その苦労を忘れてしまう人がいるが、それが一番危険だと思う。

続く......

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