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ビー玉や、メンコなどの遊びと共に僕の子供の頃に町のあちこちに姿をあらわしたのが、紙芝居です。ある年代以上の人なら、きっと思い出にあるはずです。もちろん、今のように道路が自動車に占領される前の時代の話です。
とにかく、あの頃はあさり、しじみ売りが来たり、豆腐屋の声が聞こえたり、夏になると金魚や風鈴売りも訪れてとても風情がありました。そう、まさに道が楽しい舞台のようだったのです。
ところで、僕はやっぱりちょっとおかしな子かもしれないけれど、駄菓子屋と紙芝居に夢中な子供でした。紙芝居屋のおじさんともすっかり仲良くなり、よく頼まれて太鼓を叩いて子供達を集めて歩きました。その頃の紙芝居は町にたどりつくと、まず自転車にのせた紙芝居を止めて、太鼓を肩からぶらさげ、ドンドンドンと叩きながら道を歩き、子供達を集めるのです。いつのまにか、おじさんが太鼓を叩くより、僕が叩いて歩いた方がたくさんの子供が集まるようになっていました。この紙芝居のおじさんにも結果として苦い思い出があります。おじさんとこんなに親しくなったのは、紙芝居のなぞなぞのコーナーのおかげでした。連続物語の紙芝居の合間になぞなぞコーナーがあるのです。
たとえば、アリの絵を10匹見せられるとおじさんが「な〜んだ?」と聞きます。それを見てお客の子供達が答えを言うのです。毎回、一番早く即座に答えてしまったのが僕だったのです。「はい!ありがとう」アリが10匹だから「ありがとう」なのです。僕は、元気な声で答えます。正解するとお煎餅が2枚もらえるのです。ところが、毎回僕が当ててしまうので、おじさんは「やっちゃん、お煎餅貯金をやりな。当たった分だけのお煎餅をおじさんがとっておいてあげるからね」と言うのです。人を疑うことのない僕はお煎餅をもらわないままに毎日、お煎餅貯金になりました。それがなんと、1000枚を越してしまったのです。なんという数でしょう。
ところが、おじさんは僕の家の紙芝居の場所に来なくなってしまったのです。離れた別の場所ではじめたのです。そして僕がお煎餅をもらいに行くと「やっちゃんの貯金はあっちの場所だけでもらえるんだよ。場所が違うからここではもうもらえないんだ」と言われました。なんだか、あんなにやさしかったおじさんが急に怖い顔をして言うので僕は悲しくなりました。
あ、そうそう。紙芝居と言えば、もうひとつ忘れられない思い出があります。紙芝居の梅ジャムがなくなった時、おじさんに頼まれて紙芝居の問屋に梅ジャムを買いにやらされました。地図を頼りに自転車でやっとの思いでたどりつくと、そこはふつうの家でした。玄関を開けると広い土間があって、そこでおばあちゃんが腰巻きをまくりあげて裸足でたらいで梅ジャムをグチャグチャと踏み付けていました。なんだか、おばあちゃんからよだれや鼻水がたれているような気がして、その梅ジャムを袋に入れておじさんのところに届けたのだけど、翌日から梅ジャムが食べられなくなりました。
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