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コンプレックスというのは、おそろしいものだ。それをはじめて実感したのは、受験が終わった中学3年の春だった。「え!?すがはらさんにコンプレックスだって?」そう驚く人もいるかもしれない。
そう、今の僕はコンプレックスを乗り越えて生きているつもりだから、しかたがないかもしれない。コンプレックスというものは、ある時には、大きな力にもなるけれども、人を傷つけることもあるということを、僕は思い知らされた。
とにかく、いろいろあったけれど無事に早稲田大学高等学院への入学が決まり、僕は人より少し早く楽になった。そんな時、僕の友人のT君と遊んだ。T君の家はとても貧しかった。
その頃の僕は、なんだか外からはおとなしい子供だったけれど、担任の先生の仕打ちなどもあって、今思えばお金持ちをうらんだり、親の立派な子供をうらんだり、ほんの少しそんな心を秘めていた子供だったかもしれない。そのせいか、山の手のお金持ちの子供達よりも、自由放任に育てられたどちらかというと、貧しい家の子供達の友人がほとんどだった。
T君は、家を助けるために学校にでかける前、新聞配達をしていた。僕は翌日から、朝早く起きてT君の新聞配達を手伝うことにした。もちろん、ボランティアだ。T君は喜んでくれた。なにしろ、時間が半分で済む。
僕は毎朝、配達する家をおぼえて、あっちの家、こっちの家と元気に駆け回って配達した。偶然、そこは、山の手のお屋敷街だった。すると、どういうわけか、いつも同じクラスの二人の女の子が路地の角からこちらを見て、笑っているのだ。僕は悔しくてならなかった。本当に悔しかった。バカにされている自分が納得できなかったのだ。
こうやって、がんばっている自分をあざけり笑うなんて.....。しかも、毎朝同じところでだ。僕の憎しみは日に日に募っていった。いつの間にか僕は二人を恨むようになった。
ところが、卒業してはじめて知ったのだが、二人は僕に憧れて、わざわざ毎朝僕が新聞配達をまわる時間に二人で待ち合わせて僕を見ていたのだという。
もちろん、「すがはら君がんばって」という気持ちからである。ただ、彼女たちがお金持ちの子供だというだけで、逆恨みしていた自分自身の気持ちの狭さを恥じた。
時として貧しさは心まで貧しくすることがある。それを知って以来、たとえ自分がどんなに貧しくなろうとも、心だけは卑しくしてはいけないとつくづく思ったのである。
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