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高校時代の僕は、不思議なほど歌と絵が上達し、多くの人から芸大進学を勧められた。もちろん、僕が通っていたのは早稲田大学高等学院だから、その場合は、芸大を受験しなければならなくなってきます。
そのころ、二期会のある歌い手の方が僕の声に驚き、特別に他のお弟子が終わったあとにたった500円でレッスンをつけてくれたのです。僕は、もちろん、芸大に進むとは限っていませんでしたが、先生は真剣にクラシックの発声を僕に教えてくれました。「芸大を受けるどの生徒よりも僕の方が素質があり、将来性がある。」と先生は何度も励ましてくれました。僕もそれに応えてクラシックの発声の基礎をしっかりと身につけました。思えば、この時期が歌い手としてとても大切だった気がします。
やがて、大学進学の季節がやってきました。僕は考えました。ちょうどそのころ、僕はやはり思春期。引き揚げて苦しい生活の中で育ったせいか、音楽や絵画がまるでお金もちの遊びのように思えて苦しかったのです。音楽や絵画の本当の力、意味を知らなかったからしかたがないのですが、そんなふうに遊んで暮らす人生に疑問を感じていたのです。そして、音楽や絵画の道を断念し、科学や技術の世界を志すということにしたのです。
ある日、僕は二期会の先生に言いました。「先生、僕はやはり歌の道へは進みません。歌は、趣味でやりたいと思います。」すると、先生は激しい口調で怒鳴りました。その口調の激しさに僕は驚きました。「バカモノ!おまえがプロでやろうと、趣味でやろうと音楽に変わりはないのだ!音楽を追究する心はプロもアマも同じだ!ふざけるな!甘えるな!もし、おまえがプロにならないとしてもおまえはプロ以上に努力をしていい歌を歌い続けるのだ!」この言葉は今の僕の支えの一つにもなっているのです。プロにならないからという甘えを捨てて、真剣に音楽に取り組み続けられたのはこの先生の言葉のおかげだったのかもしれません。
「よく、理工学部の大学の教壇に立ちながら、歌い手として芸術祭優秀賞を受賞できましたね。」と質問されます。今でも、人間いくつのことをやろうとも、ひとつひとつ甘えず逃げず、そのひとつひとつを真剣にやり抜くことが大切だと思っています。
今、思えばあの時が人生の分かれ道だったのかもしれません。
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