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Yasunori Sugahara

-「やすのり伝記」-


第四十七回
さよならサンフランシスコ

 サンフランシスコの街は、僕にとって忘れられないはじめての外国の街となった。そして今思えば、僕の世界への旅がこのサンフランシスコからはじまったことはとても意義があったと思う。そういえば、船上のニュースで突如、中国で紅衛兵が北京を中心に文化大革命を起こしたことを知った。日本では、大学生が学生運動を各地で引き起こし、まさに不確定の時代。動乱の時代だ。アメリカとソ連、中国の東西対立も激しくこれから世界がどう動くのかは余談を許さない時代だった。

 そんな時、船で太平洋を渡り、サンフランシスコの街で歌ったのだ。まさにあの頃の僕は、時代のまっただなかに生きていたような気がする。ひょっとしたら、幕末の坂本龍馬の時代の青春に近いのかもしれない。ジャーナリストの大森実氏は、感慨深くこういった。「もし、日本人がこのアメリカの広大さと強大さを本当に知っていたら、あの戦いはしなかったと思う。」確かにそうだ。終戦時日本の竹槍の軍事訓練の姿とこのアメリカの強大な高速道路や高層ビルの群立する姿を比較してみたら、あまりにも日本の竹槍や特攻隊は悲劇的だ。まず、世界をこの目でしっかり見つめて現実を知る。その大切さを僕は痛感した。もちろん、アメリカだけではなく、アジアやアフリカ、ヨーロッパ、その本当の姿を知ることが何より大切だ。僕は本当に短い期間だったけれど、アメリカという大陸の本当の姿に接してよかったと思った。当時は1ドル360円の時代で日本人はまだまだ貧乏だったけれど、何かゼロからのスタートというか、かえって巨大なアメリカを見たことでファイトが湧いてきたから不思議だ。最終日は、僕はホームステイになった。メキシコ系移民のジョー・マルティネッツという一家のお世話になった。サンフランシスコから、ロングビーチを抜けて車で何時間もかかるところに住んでいた。マルティネッツ一家はとても親切に僕を迎え入れてくれた。もう、日本人もアメリカ人もそこに壁はない。僕はサンフランシスコでのいろいろな思いでを胸に船に戻った。明日はいよいよ出航だ。さようならサンフランシスコ。

続く......

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